未来に向かってバックせよ! 「サキ」と「アト」
前記事のソマリランド本に関連し、本日は以下の本を読んでました。
ソマリランドに詳しい高野氏と室町時代に詳しい清水先生の著書ということで、双方の類似性が色々な事例をもとに書かれていて大変面白いです。
特に第二章の「未来に向かってバックせよ!」のタイトルの内容について触れられた以下の清水先生のコメントは面白かったので、その部分をメモとして引用しておきます。
日本語に「サキ」と「アト」という言葉があるでしょう。これらはもともと空間概念を説明する言葉で、「前」のことを「サキ」、「後ろ」のことを「アト」と言ったんですが、時間概念を説明する言葉として使う場合、「過去」のことを「サキ」、「未来」のことを「アト」と言ったりしますよね。「先日」とか「後回し」という言葉がそうです。でも、その逆に「未来」のことを「サキ」、「過去」のことを「アト」という場合もありますよね。「先々のことを考えて」とか「後をたどる」なんて、そうです。「サキ」と「アト」という言葉には、ともに未来と過去を指す正反対の意味があるんです。ところが、そもそも中世までの日本語は「アト」には「未来」の意味しかなくて、「サキ」には「過去」の意味しかなかったようなんです。
これは、勝俣鎮夫さんという日本中世史の先生が論文に書かれていることなんですが、戦国時代ぐらいまでの日本人にとっては、未来は「未だ来らず」ですから、見えないものだったんです。過去は過ぎ去った景色として、目の前に見えるんです。当然、「サキ=前」の過去は手にとって見ることができるけど、「アト=後ろ」の未来は予測できない。
(略)
ところが、日本では16世紀になると、「サキ」という言葉に「未来」、「アト」という言葉に「過去」の意味が加わるそうです。
それは、その時代に、人々が未来は制御可能なものだという自信を得て、「未来は目の前に広がっている」という、今の僕たちが持っているのと同じ認識を持つようになったからではないかと考えられるんです。神がすべてを支配していた社会から、人間が経験と技術によって未来を切り開ける社会に移行したことで、自分たちは時間の流れにそって前に進んでいくという認識に変わったのかなと思います。(p.74-76)
コメントの中にもあるとおり、詳細は以下の勝俣先生の書籍の第1章「バック トゥ ザ フューチュアー」に書かれているようなので、こちらもまた是非時間を見つけて読んでみたいなと思いました。
一章 バック トゥ ザ フューチュアー
-過去と向き合うということ-
はじめに
一 「サキ」の語意の特徴
二 新語意の出現とその意味
三 バック トゥ ザ フューチュアー
結びにかえて補論 柳生の徳政碑文 -「以前」か「以後」か-
なお、本書の一部内容が以下のウェブサイトでも紹介されているので、参考までリンクのせておきます。自分もこの記事を見て本書に興味を持ったことを改めて思い出しました。そのまま2年以上未読だったのですが、このタイミングで読めて良かったです。